あ、ファラフェルのこと?と彼女は何の気もなく言った。
先日、ひさびさに遠出をして、東京に住む友人の家に泊まらせてもらった。
いっしょに(といいつつ、ほぼ彼女が)冷やし中華を作って、これで夏をはじめられるとうそぶきながら、1年ぶりとなる会話に花を咲かせた。
今日は何をしてたの?と聞かれたので、お昼にネパール料理を食べたことを報告した。ネパール流羊肉カレーのセットをいただいたのである。
特に、セットの付け合わせとして出てきたダルスープ(=豆のスープ)がおいしかった。
わたしは豆の料理がとても好きである。給食で出た、いまいち人気のない卯の花コロッケも好きだし、チリコンカンも好きだ。
そのなかでも特に感動した豆料理は、大学の学校祭の留学生屋台で目にした、エジプトの豆だんご。
豆をすりつぶして、揚げてあるものである。サンドイッチに挟んで食べるのが定番のようなので、好奇心で注文した。すりつぶされた豆の食感と素朴な味が新鮮で、野菜とのバランスも絶妙で、ドレッシングの甘みもちょうどよくて…本当においしかった。
翌年もエジプト料理を求めて同じ屋台を目指すくらいには、その豆だんごを気に入ってしまっていた。わたしがエジプトに行くことがあるとしたら、その理由はピラミッドでもスフィンクスでもなく、豆だんごのためである。
さて、ネパールのダルスープと、その豆だんごのこともあって、豆の料理って全部おいしいなあとしみじみ思ったんだよね…ということを彼女に伝えたかったのだけど、そう、肝心の豆だんごの名前が出てこない。
ダルスープがおいしかった、わたし豆料理が好きでね、豆のだんごも好きなんだよね。名前忘れちゃったな、エジプトの料理でね、サンドイッチで食べたんだけど…
あ、ファラフェルのこと?
それ!ファラフェル!!と感動しながら、私は「なんでファラフェルが通じるんだ」と思った。
そして、この感じがデジャブであることに気がついた。
彼女と知り合ったのは高校生のときである。
お互いを知ったばかりの春、お昼休みに一緒にお弁当を食べていた。
このときも食べ物の話をしていて、記憶はあやふやだけど、たしか肉か魚ならどっちが好きか、みたいな話になった。ふたりとも魚派で、ね、鯖とかおいしいよね、と平和に盛り上がっていた。
当時、家の食卓で、はじめておいしいと感じ、自分の意識にのぼりたての魚があった。わたしはその魚の名前を覚えていなかった。なじみがなかったのだ。でも、どうしてもこの魚がおいしかったことを彼女に伝えたくて、特徴を必死に伝えた。白身魚で、舌触りが繊細で、唐揚げにするとおいしい魚。
ああ、かすべ?
かすべ。そう、かすべ!
マイナーな味覚センスを通じ合わせることができたことに、ささやかな喜びをおぼえた。
しかしそれ以上に、この今までなじみのなかったかすべという言葉を、こうもたやすく使いこなす人がいるのか、と感動してしまった。
だって、かすべである。高校生になるまで、そんな魚がいることすら知らなかった。いや、自分だけかもしれないけれど。サーモンでもマグロでもなくて、鯖が好きだと言えることですら、「自分、少し大人になったな」と得意げになっていたのに。
「この人、ただものではない」
高校生ごころに深い敬意を覚えた瞬間であった。
ファラフェルの件で、かすべについての小さな記憶がよみがえった。
東京へ行っても、彼女の教養の深さはなんにも変わっていなくて、むしろ自由になっているみたいに見えた。それがとても嬉しかった。
なんと彼女、東京のファラフェルの店を何件か知っているというので、今度いっしょにまわろうということになった。
こんなスペシャルなツアーを一緒にしてくれる人はなかなかいない。楽しみすぎる。