ドライな兄たちと追い付かない時間

わたしには兄が2人いる。14歳と11歳離れた兄たち。

 

と言うとたいてい驚かれて、さぞかし可愛がってもらっただろうねと言ってくれる。うーん、そうなんだと思う。ここまで離れてしまうと、そんなこと覚えていないのだった。

考えてみる。高校生のとき、大学生のとき、幼稚園の妹がいたとして、構う暇があるだろうか?自分の身の立て方に必死な時期に、小さな妹の世話を要求するのは酷なことだろう。

少なくとも私の覚えている兄たちの姿はそんな感じだ。彼らは私とは違う世界にいる人間だった。

兄も兄どうしで話さないし、3人とも自立した違う時間を進んでいるのだと感じていた。重なり合うことは絶対にないと知っていた。だけど、どこかで認めてもらえると思っていて、ときどき一緒の視点で物事を見ることにチャレンジしてみては、時間の追い付かなさに撃沈していた。

いつだって、彼らは先を見ることに必死な大人で、私は目の前に懸命な子どもだった。

 

いつの間にか私は高校生になって大学生になったし、兄たちは仕事に就き、結婚して子どもを持ったりしていた。彼らはもうおじさんの域に差し掛かっている。

 

 

 

この前、1人でヨーロッパから日本へ帰ってきたときに、次男とちょうど同じタイミングで大阪にいた。わたしは札幌へのトランジット、兄は出張だったが、運よく会うことができた。

 

私の黒のホグロフスのバックパック姿を見て、ヨーロッパ行ってたの?頭おかしいんじゃないの、と真顔で言い放つ兄はあいかわらずのクールさだった。この人と面と向かって喋ったことは、記憶にある限り一度もない。

近場にいる同僚を紹介してくれたので挨拶する。そして、せっかくだし何か食べる?と、ソフトクリームをくれた(兄は飲食店に勤めている)。北海道産のミルクだからおいしいと思うよ、と。

1カ月ぶりの北海道の味だった。深い甘み。地元の味覚の豊かさを噛みしめる。美食を求める旅をするなら、北海道から出る必要なんてないんだろうなあ。

ごちそうさま、帰ったらお土産渡すね、と帰り際に伝えると、おう、じゃーね、と一言で返された。その足で関空へ向かう。舌の上のジャージー乳のまろやかさを感じながら。

 

 

札幌へ帰ってきてから、ふと長男の家の猫に会いたくなった。

日曜日だったので、仕事休みの兄は家にいて、1人でSwitch版のドラゴンクエストⅪをしていた。PS4版と3DS版に続き3周目である。猫に会いに来たよ、というと、2階にいるんじゃない?と、視線を画面から動かさないまま教えてくれた。階段を上がる。きいちゃーん、と名前を呼ぶと、にゃーん、とカーテンの裏から応えてくれた。この猫とは一度いっしょに住んでいたことがある。その頃溺愛していたことを覚えてくれているのだ。思う存分なでまわした。

 

階下へ戻り、兄がドラクエをしている様子をいっしょに眺めていた。私が小学生のとき、この兄のプレイ画面を眺めるのが趣味だった。PSPのモンハンの画面を覗こうとしたときにはさすがにうざがられたが、それでもしがみついて見ていた。家族が何に夢中なのか、見ているのがおもしろかったのだ。それを理解したかった。

あるとき兄に一大事件があり、彼のプレイ画面を見ることができなくなってから、私はひたすら自分ひとりでできるゲームに没頭した。私はそのパズルゲームを限界まで極めてから、部活を始めてゲームをやめたし、兄は結婚して家を出た。

 

メタルキングを執拗に狙い続ける兄のドラクエの画面をいっしょに見つめる。

兄は話の流れで、俺の人生の楽しみはこれと子どもたちだわ、としみじみ言い出した。その言葉が本気であることを私は知っているから、じゃあ幸せじゃん、と応えた。

しばらくして、奥さんと子どもたちと実家で一緒に夕ご飯を食べようという連絡がきた。ご飯と聞いてわたしは急にお腹がすいてきた。ああ、半身揚げが食べたくなってきた、とつぶやいてみると、半身揚げ?買ってってもいいよ、と、兄。ほんとうに?

私が車を運転していっしょに実家へ向かう途中、プレハブのような小さな専門店で、兄はたくさんの半身揚げと焼き鳥を買ってきてくれた。

香ばしいにおいと一緒に、助手席に兄を乗せていると、なんだかいい気分になってきたので、私○○になるって決めた、とそのときの目標を言ってみた。お前だったらなんでもできるよ、とつぶやく兄。あまりにも恥ずかしげなくそう言うので(こういう少年漫画的なところが兄にはある)私のほうが居たたまれなくなってきて、末っ子だからね、とごまかした。

この半身揚げは世界一おいしかった。

 

 

 

ドライすぎて気が付かなかったけど、どうやらこの人たち、わたしのことをひとりの人間として一応認めてくれていたらしい。

22歳にもなって、やっと初めて時間が重なった気がしたのだった。ヨーロッパ帰りの2日間のお話。

 

 

3人が集うことなんて、きっとこの先、片手で数えるほどしか無いだろう。

けど、一生に一度でいいから、いっしょに飲んでみたいなと目論んでいる。何十年後の話になるかなあ。